成り立ち history

東京オリンピック開催前の1962年、

大成建設母体の大倉財閥二代目総帥 大倉 喜七郎 (おおくら きしちろう) が

「もうひとつの迎賓館」として、日本の威信をかけて虎ノ門ホテルオークラ東京を建設。

岩田 清道 (いわた せいどう。 藤田嗣治・小山内薫の従兄妹)が

ホテルオークラ設計段階から意匠委員会として関わったのを機に湘南葉山から活動拠点を移し、

オークラを飾る流派として「石草流いけばな」を創設。

奥平 清鳳 (おくだいら せいほう) は、 以来46年間研鑽をつみ、

石草流いけばな三代目家元を襲名、 全館生花装飾を総指揮しながら後進の育成にあたっております。

 

 

奥平 清鳳

早稲田大学商学部卒。石草流いけばな三代目家元。ホテルオークラレディースサークル講師。いけばなインターナショナル会員。

万葉集を研究、 現代に伝わる伝統行事や花々のルーツを検証。

「最後の立華士」と謳われた 岡田 幸三 (おかだ こうぞう) に師事し、 華道の”原点の花”を修業。

供花(くげ)ー立花(たてはな)ー立華(りっか)ー抛入(なげいれ)ー格花(かくばな)ー茶花(ちゃばな)ー盛花(もりばな) という、

古典から現代に繋がる「いけばな」の系譜を探ることで現代における意味を再定義し、

「花所望 (はなしょもう。 室町時代の華道デモンストレーション)」の再現に取り組んでおります。