成り立ち history

東京オリンピック開催前の1962年、

大成建設を母体とした大倉財閥二代目総帥 大倉 喜七郎(おおくら きしちろう)が

「もうひとつの迎賓館」として、日本の威信をかけて虎ノ門ホテルオークラ東京を建設。

岩田 清道(いわた せいどう。藤田嗣治・小山内薫の従兄妹)が

ホテルオークラ設計段階から意匠委員会として関わったのを機に湘南葉山から活動拠点を移し、

オークラを飾る流派として「石草流いけばな」を創設。

現在は、三代目家元として、奥平 清鳳(おくだいら せいほう)が

全館生花装飾を総指揮しながら後進の育成にあたっております。

 

 

奥平 清鳳

早稲田大学商学部卒。石草流いけばな三代目家元。

ホテルオークラレディースサークル講師。いけばなインターナショナル会員。

 

万葉集を研究、 現代に伝わる伝統行事や花々のルーツを検証。

「最後の立華士」と謳われた 岡田 幸三(おかだ こうぞう)に師事し、

華道の”原点の花”を修業。

供花(くげ)〜立花(たてはな)〜立華(りっか)〜抛入(なげいれ)〜格花(かくばな)〜茶花(ちゃばな)〜盛花(もりばな) という、

古典から現代に繋がる「いけばな」の系譜を探ることで現代における意味を再定義し、

「花所望(はなしょもう。 室町時代の華道デモンストレーション)」の再現に取り組んでおります。

 

万葉の花 flower story」のページでは、毎月、万葉集に記された植物をとりあげ、万葉人はこれらをどう観察し、また、生活・文化・死生観・男女の恋愛や家族の絆などに、いかに結びつけていたかを読み解いて参ります。