万葉の花 flower story

2019 / 05 / 30  17:19

「持統天皇 更衣」巻一28(6月あじさい)

天皇御歌(スメラミコトノオホミウタ)

春過ぎて 夏来たるらし 白たへの

衣干したり 天の香具山

 持統天皇(巻一28)

2007年「ふみの日」切手「持統天皇」.jpg

(2007年 日本の雅(みやび)を伝えたい ふみの日「百人一首(ひゃくにんいっしゅ)」切手)

<訳>

春が過ぎてもう夏がやってきたらしい。新緑の天香具山の麓には初夏の強い日光に晒された真っ白な衣服が懸かっている。

<解説>

持統天皇

645~703年。大化元年に、天智天皇の第二皇女として生まれる。天武天皇(大海人皇子)の妃で、草壁皇子の母。朱鳥元年(686)天武天皇の崩御に伴い、朱鳥四(690)年に即位し、第41代天皇となる。藤原京を開き遷都。大宝二(702)年二月、58才で崩御。

万葉集のこの歌が後に百人一首に収められ、さらに江戸時代に流行った光琳カルタに描かれた十二単姿のイメージが強い。しかし、持統天皇が生きたのは飛鳥時代であり、装束は形も着方も中国に近かった。肖像画がなかった時代なので、時代考証よりも、雅を象徴する姿が優先され、平安時代に初めて出現する十二単で描かれている。

天皇御歌

藤原宮に天の下知らしめしし天皇の代。持統天皇のこと。

夏来るらし

「来る」は「来+到る」の訳で、くるの意。「らし」は根拠のある推量に使う。夏がやってきたらしい。

白たへ

白い栲(タクまたはタエ。楮コウゾや麻やかじのきの樹皮の繊維で織った布)で製した衣のこと。洗えば洗うほど真っ白に晒される。天の香具山なので、一般人の常用の衣ではなく、夏の神事のための巫女の神聖な斎み衣を指す。

香具山

奈良県磯城郡香具山村(現・奈良県橿原市)。天から降った山だと信じられ、神の依代として神聖視された山。畝傍山、耳成山とともに大和三山と呼ばれる。

2019 / 05 / 30  16:54

「更衣」(6月あじさい)

「更衣」とは、季節に応じて衣服を着替えること。

古代中国(BC2世紀、前漢)の皇帝(武帝)が、立春・立夏・立秋・立冬の節日毎に衣服を着替え、玉を飾り百官を従えて恵方に赴き、その季を迎える行事を行うことによって、自然の規則正しい運行と年穀の実りを祈願したことに由来する。

これは衣服と共に過ぎ去った季節を祓い、気分を替えて新しい季節を迎えることが開運につながるという祓いの意味をもっていた。

日本にも奈良時代に伝来し、陰暦四月朔日と十月朔日を更衣の節として、宮中では装束調度を夏物・冬物とあらためた。

公家は、四月に薄衣(袷)、五月に捻り襲、六月に単襲、八月一日〜十五日は捻り襲、八月十六日〜九月八日は生織の衣、九月九日から生織の衣の綿入、十月〜三月は練絹の綿入の着用を定められ、平安時代以降この習慣が定着していった。十月になって冬装束にあらためるのを「後の更衣」という。

民間でもこれにならって四月に綿入類を袷に着替えた。それが衣替えであり初袷。

武帝.jpg

武帝 劉徹。前漢第7代皇帝

2019 / 05 / 30  16:33

「紫陽花」(6月あじさい)

ユキノシタ科。日本原産。(手毬花、七変化、七段花ともいう)

幹は叢生、高さ1.5m、葉は広卵形で対生。

初夏に球状の集散花序に4枚の萼片だけが発達した装飾花を多数つける。

色は白色もあるが、青から赤紫へ変化するところから「七変化」ともいう。

ガクアジサイ、ヤマアジサイ(含むアマチャ)、エゾアジサイなどがあり、

ノリウツキ、コアジサイ、タマアジサイもあじさいの仲間。

あじさいの語源は、藍色の花があつまって咲く様子から、

「あづ(集まる)」と「さい(真藍サイ)がつまったもの。

花は解熱剤、葉は瘧(オコリ。おもにマラリアなど)の治療薬となるが、生のままでは毒性が強く、飲食物に添えての使用には注意が必要である。

よく使われる「紫陽花」は中国産の別種のもの。英名ハイドランジア。

シーボルトの『フローラヤポニカ(日本植物誌)』には「オタクサ」として紹介されている。

シーボルトあじさい.jpg

シーボルトの『フローラヤポニカ(日本植物誌)』(京都大学デジタルアーカイブより)

2019 / 05 / 30  16:05

「水無月」(6月あじさい)

陰暦六月の異称。「な」は「ない」の意の「無」の字があてられるが、

本来は「の」の意味で、「水の月」。

この月に田に水を引く必要がある月から「田水之月」(タミノツキ)がつまったもの。

英語でJuneは、ローマ神話のジュピター(ギリシア語でゼウス。ラテン語でユピテル。英語でジュピター。最高神、雷神、絶倫万能の神)の、妻ジュノー(ギリシア語でヘラ。ラテン語でユノ。英語でジュノー。ゼウスの姉で正妻。婚姻と母性の神)からつけられたもの。

花嫁月といわれる。

ギュスターヴ・モロー作《ユノと孔雀》.jpg

 ギュスターヴ・モロー作『ユノと孔雀』

 

2019 / 05 / 01  10:38

「大伴家持 薬猟」巻十七3921(5月かきつばた)

 かきつばた 衣に摺りつけ 丈夫(ますらお)の

 きそい猟(かり)する 月は来にけり

  大伴宿禰家持(巻十七 3921)

東慶寺「日本の工芸シリーズ」 2013年 染司よしおか展 「菖蒲と杜若の色」.jpg

(東慶寺「日本の工芸シリーズ」 2013年 染司よしおか展 「菖蒲と杜若の色」)

<訳>

青紫色の杜若の花摺り衣で着飾った立派な男たちが、夏野を競い合うようにして薬狩りをする華やかな月がやってきたことだなぁ。

<背景>

天平十六(744)年4月5日、独り平城の旧宅において青年であった家持が詠んだ歌。この歌は五月五日の端午の節句にちなむもので、今日の成人式に当たるものと考えられる。また、一人前の男女として儀式的な意味合いをもち、とりわけ恋を成就させることを第一義と考えられていた。家持は華やかな薬狩の日が近づいたのを喜んだのではなく、それをよそにして独り平城の宅にいる淋しさを詠っている。

大伴家持

717(?)〜785年。奈良時代の歌人。三十六歌仙のひとり。大伴旅人の子。越中守(746年6月)をはじめ、中央・地方諸官を歴任。延暦二(783)年中納言。万葉集中歌数最も多く、その編纂者のひとりに擬さられ、繊細で感傷的な歌風は万葉集後期を代表する。

1