万葉の花 flower story
「黒酒白酒」巻十九 4275(11月 クサギ)
天地(あめつち)と 久しきまでに 万代(よろずよ)に
仕えまつらむ 黒酒白酒(くろきしろき)を
文室知努真人(ふみやのちののまひと)(巻十九 4275)
<訳>
天地とともに遠い遠い先の万代までお使えいたしましょう
このめでたい黒酒や白酒を捧げて
<背景>
天平勝宝四(752)年の新嘗祭の後に催された、肆宴(とよのあかり)といわれる宴会で
孝謙天皇の詔に応じて詠まれた歌。
新米で造った固粥と神酒を捧げて、治世の長久と五穀豊穣を祈ったもの。
肆宴(とよのあかり)の「あかり」は元々、酒で顔が赤くなることをいい、
転じて宴会の意となった。その後、宮中での天皇主催の宴をさすようになり、
現在も皇居の「豊明殿」という宮中大宴会用の殿舎名として受け継がれている。
◯黒酒白酒
神宮の三節祭で用いられる4種の神酒のうち、黒酒(くろき)と白酒(しろき)は、
陰陽五行説に基づいて黒白二色に構成された神酒で、
現在でも新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(だいじょうさい)で用意される。
927年に編纂された『延喜式』の造酒司の章には、
米、麹、水で10日間ほど醸造してつくった醴酒(あまざけ)を二等分し、
クサギ(恒山・常山・久佐木と書く)という木の根の焼灰を入れたものを黒酒といい、
入れない方を白酒という、とある。
大嘗祭においては、斎場院の中に設けられた
黒酒殿(黒木をもって構える)と白酒殿(白木をもって構える)で、それぞれ造られる。
1430年の後花園天皇の大嘗祭以降、200年以上にわたり大嘗祭・新嘗祭の中絶した混乱期となり、
炭製造の手間を省き、黒い着色のために烏麻粉(磨り黒ゴマの粉)を振りかけた記録がある。
1687年の東山天皇の大嘗祭で、『延喜式』の醸造法が復活し、引き継がれた。
◯クサギ(シソ科の落葉小高木)
Clerodendrum trichotomum
日当たりのよい原野などによく見られ、日本全国のほか朝鮮、中国に分布する。
葉を触ると、一種異様な臭いがするのがこの名の由来である。
花は8月頃咲き、よい芳香があるとして、欧米では観賞用に栽培され、街路樹に用いられる。
(英語名はharlequin glory bower)
パリ15区の街路樹(wikipediaより)
茶の他に、ゆでれば食べることができ、若葉は山菜として利用される。
果実は草木染に使うと媒染剤なしで絹糸を鮮やかな空色に染めることができ、
赤いがくからは鉄媒染で渋い灰色の染め上がりを得ることができる。
空色の果実と赤色のがく(wikipediaより)
『延喜式』の宮中の医薬を扱った典薬寮の章では、
クサギを、古代中国で用いられた漢字「恒山」と表記し、
伊勢国から恒山10斤を朝廷に納めることを規定している。
恒山とは、中国の泰山などの名山五嶽の一つで、山西省北東部、北京の西約200kmにあり、
古代中国皇帝が居を構えた中原地方から、北に位置する。
五行説では北は黒色を意味し、クサギは黒を象徴することから
黒酒を造るのにクサギを用いられたと考えられる。